2018年10月

災害と法


齋藤 隆



 今年の夏は、異常気象による集中豪雨に加え、台風の度重なる襲来、大規模地震の発生等が続き、各地において被災された方々が多数発生し、国民生活に大きな影響を及ぼしています。このような災害が、いわゆる天災に該当するものであれば、損害を被ったとしても、不可抗力として、何人に対しても賠償を求めることはできません。しかし、人災であれば、損害を惹き起こす原因を作った者、又は損害を拡大させた者に対して、賠償を求めることが可能となります。もとより一口に災害と言っても、その態様は様々で、例えば、地震による家屋の倒壊などは、自然現象の作用そのものですから、それだけを捉えると、賠償請求の余地はありません。しかし、地震に基づいて発生した津波や落石・崩土による被害については、その発生をある程度予測し得た場合には、防波堤、防護柵等を設置したり、避難誘導、通行・立入禁止の措置を講ずるなどの被害回避策を採り得たのではないかということが問題にされ、被害の予見と回避が具体的に可能であった場合には、当該施設の管理者の責任が問われることになります。

 この場合に損害賠償請求権を基礎付けるものは過失責任ですから、根拠法としては、まず民法の不法行為(709条以下)が考えられますが、被害をもたらす施設の管理者が国又は地方公共団体であることが多いことを反映して国家賠償法が適用されることがほとんどです。国家賠償法は、憲法が、公務員の不法行為により損害を受けたときは国又は公共団体に賠償を求めることができると定めていること(17条)を受けて、戦後間もなく制定された法律ですが、不法行為に基づく損害賠償責任に関しては民法の特別法に当たるため、公権力行使に当たる公務員や国・公共団体の施設に問題がある場合には、国家賠償法が優先的に適用されることになります。この国家賠償法に基づく責任は、国又は公共団体の公務員の違法な過失のある公権力の行使(1条)、公の営造物(道路、河川等)の設置又は管理の瑕疵(2条)が要件となりますが、災害を契機として国民に被害をもたらす原因が公の施設(営造物)にあると主張されることが多いことから、主として後者の営造物責任の存否が争われます。ここで、設置又は管理の「瑕疵」とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、国民に危害を及ぼす危険性のある状態をいい(したがって、国又は公共団体の過失は必要とされていません。)、その判断は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等の諸般の事情を総合考慮して具体的・個別的にすべきであるとするのが判例であり、通説もこれと同様です。

 このような営造物責任が取り上げられる事件の典型が水害訴訟です。水害には、堤防が決壊する破堤型、堤防がない部分や堤防を乗り越えて河川の水が溢れる溢水型がありますが、いずれについても、人知は自然に及ばないとの考えから、水害に関する国や公共団体の責任追及をあきらめる傾向にありましたが、戦後の国民の権利意識の高揚を背景として、昭和40年代以降、各地において水害訴訟が続々と提起されました。長良川、加治川、多摩川等の大河川に関する訴訟が有名ですが、大東水害訴訟として最高裁判例となったのは谷田川という幅員1.8メートル程度の街中の小河川でした。また、都市型河川として著名な東京の神田川についても訴訟が提起されたことがあり、都市化の進展とともに雨水が浸透する地面が少なくなり、短時間に大量に下水道に流入する事象への対応が問題とされましたが、これなどは、現在問題とされている下水道の氾濫の先駆けのような事案でした。同じく都市部を流れる多摩川の堤防の決壊により自宅を失った家族の人間模様をテーマにしたテレビドラマ「岸辺のアルバム」は、大きな反響を呼び、水害が国民の幸せな日常生活に及ぼす影響の深刻さを改めて印象付ける役割を果たしました。

 ところで、河川の設置・管理の「瑕疵」については、上記の大東水害訴訟に関する最高裁判決により、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理における財政的、技術的及び社会的諸制約の下での同種・同規模の河川管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えているかどうかを基準として判断すべきものとされています。これは、治水事業が、各河川ごとに計画高水流量を定めるなどして工事実施基本計画を策定した上、特定水系の総合的な河川管理を行うべきものとされているものの、全国に多数存在する未改修河川について実施するには膨大な費用と時間を必要とすることから、一朝一夕に実現することは不可能であることが前提となっています。したがって、工事実施基本計画に基づく改修の完了した河川についてはやや事情が異なってきます。この点、改修完了河川に関する多摩川水害訴訟判決では、大東水害訴訟判決の上記の考え方を基本的には維持しつつも、改修の根拠となった工事実施計画に定める規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性を備えているかどうかによって瑕疵の有無を判断すべきものとしています。このように、水害訴訟においては、河川管理の本質を理解するとともに、問題となる河川の状況を個別具体的に考察して、瑕疵の有無を検討することが必要とされます。

 そして、上記の「瑕疵」の有無を判断するための諸々の要因を検討するためには、破堤や溢水のメカニズムを理解するほか、河川管理の一般水準に関する知識も求められます。したがって、訴訟の準備をするに当たり、気象学、土質力学、流体力学等に関する専門技術的な知見、河川行政の基本に関する知識を備えておく必要があります。このような法律家が一般的に有している知識・経験を超える専門的領域に関する知識・経験を要求される訴訟を専門訴訟と言いますが、法律家にとって、ハードルは高いが、技術的な困難性を乗り越え、被災者の権利救済を実現することは使命と考えられます。最近、水害訴訟が提起されることは少なくなりましたが、被災者救済のための選択肢として、訴訟による対応も検討されるべきであり、そのための準備を欠かさないことが法律家の責務というべきでしょう。




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