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行政法規に違反する建築の請負契約の効力について

小川 隆史

1 ご存知のとおり,建物の建築には,建築基準法をはじめとする法令により様々な規制が行われています。建設業者は,規制に違反した場合に,建設業法に基づいて営業停止などの行政処分を受ける可能性もあり得ますが,例えば,施主が法令違反を認識して建設業者との間で請負契約を締結した場合には当該契約の効力(具体的には建設業者からの施主への請負代金請求の効力)はどのように解されるでしょうか。

 近時,東京地裁においてこの争点を含む事案で判決が下されていますので,今回はこの問題について考えてみたいと思います。

2 もともと,行政法規に違反した場合,その違反への対応は行政法規によって行われることが予定されているため,行政法規については,直ちに私法的効力を有するものではありません。

 しかし,契約の内容が,行政法規のうち,公の秩序に関する強行法規に違反する場合には,契約は無効となるとされています。問題となるのは,行政法規のうち,取締規定,すなわち行政取締上の目的から一定の行為を禁止したり制限したりしている規定,または一定の行為について免許や許可にかからしめる規定に違反する場合です。

 この点について学説では,取締法規に違反する契約が無効であるか否かは,それぞれの取締法規について,その立法の趣旨,違反行為に対する社会の倫理的非難の程度,一般取引に及ぼす影響,当事者の信義・公正などを検討して決めるべきである,とする説が従前から通説とされています。

3 判例では,平成23年に最高裁が,建築基準法等の行政法規に違反する法律行為のなされた事案において判断を下しています。

 事案をごく簡略化しますと,建築基準法所定の確認及び検査を潜脱するため,一旦は法令の規定に適合した建物を建築して,確認済証や検査済証の交付を受けた後で法令の規定に適合しない建物を建築するという請負契約(建設業者も計画を了承)に関し,確認図面と異なる工事が施工されていることが区役所に発覚し,その指示により違法建築部分の是正工事を施工せざるを得なくなったという場合に,建設業者からの工事代金の請求が認められるかが争われました。

 最高裁は,この事案において,本工事部分と追加変更工事部分とに分け,各工事が施工されるに至った経緯等の諸事情を考慮して公序良俗違反となるか否かを個別具体的に判断しています。すなわち,本工事部分の代金請求に関しては,契約当事者の意図ないし計画の悪質性,違法の程度,請負人の従属性等の事情を考慮した上で,契約が公序良俗に反するとしてこれを棄却すべきものとしましたが,追加変更工事部分の代金請求に関しては,契約の締結後に様々な事情が生じたことを受けて追加変更工事が施工され,その中には違法建築部分を是正するものも含まれていたことなどに照らし,追加変更工事の施工合意は原則として公序良俗には反しないとして,これを認容する余地がある(結論は原審への差し戻し)としました(最高裁第二小法廷平成23年12月16日判決)。

 この判断は,契約の経緯等の諸事情をきめ細かく検討したものであり,一律に有効無効と切り分けるものではありませんので,上記の通説の立場とも整合的であると思われます。

4 また,冒頭で述べましたように,近時,東京地裁でも同様の争点を含む事案において判決が下されています。

 これもごく簡略化しますと,施主が,もともと条例の規制により当該土地にシェアハウスを建築することができないことを認識しつつも,用途を事務所として建物を建築することで条例による規制を潜脱し,完了検査の後に改修工事を行って,シェアハウスとして利用することを当初から予定していたもの(建設業者もこれを認識し協力していた)と認定された事案です。

 東京地裁平成28年7月28日判決は,取締法規に違反する法律行為の効力については,「当該取締法規の保護法益や違反の反社会性,反倫理性等の諸事情を考慮して有効性を判断するのが相当である。そして,建築基準法や本件条例に違反する建物を建築することを目的として請負契約が締結された場合における当該契約の有効性についても,一律に無効とするのではなく,当該法規の保護目的(特に建物自体の安全性に関わる規定違反かどうか),違反による違法性の程度(軽微なものか,重大な違反か),違反状態の是正の余地(設計や施工を変更すれば是正されるものか),履行段階(これから施工するのか,施工は完了しているのか),当事者の公平等を勘案して有効性を判断するのが相当である。」とした上で,本件建物は,建物そのものが危険というわけではないということや,レンタルオフィスを含む事務所として利用することは本件条例によっても何ら妨げられていないこと,違反の程度が必ずしも軽微であるとはいえないものの,合法的な改造をした上での合法的な活用は可能であり違反状態を是正することが可能であること等を挙げ,「一連の計画が公序良俗に反するともいえないというべきである」として建設業者からの請負代金請求を認めました。

 当該判決も,上記最高裁判決と同様,契約の経緯等の諸事情をきめ細かく検討するものであるといえます。個人的には,上記当該判決の判示にもあるように,履行段階(これから施工するのか,施工は完了しているのか)を検討することには特に比重を置くべきではないかと考えます。施工前であれば,契約を無効とすることで法令違反の建築物の建築を防止することができて行政法規の目的にも適いますが,施工(引渡し)が完了している段階で契約を無効として請負代金請求を否定することでは,施主を不当に利する結論となりかねない事案が想定されるからです。

5 以上のように,行政法規に違反する建築の請負契約の効力は,行政法規と私法との関係が問題となることから始まり,個別具体的な取引の内容や経緯が重要な意義を有する紛争類型といえます。

 そのため,似ているようにみえるケースであっても具体的な事実関係によって結論が変わり得ますので,今後の判例の蓄積が待たれるところです。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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