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交通事故慰謝料基準の改定

九石 拓也

 交通事故の損害算定に用いられる基準のひとつであるいわゆる「赤い本」(民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準・(公財)日弁連交通事故相談センター東京支部編)の慰謝料基準が,2016年版で改定されました。近年の裁判例の動向分析や東京地裁民事27部(交通部)との意見交換等をふまえての基準の見直しであり,今後,新しい基準に沿った実務の運用が期待されます。改定の要点は以下のとおりです。

1 死亡慰謝料基準の見直し

 従来,「一家の支柱 2800万円 母親・配偶者 2400万円その他 2000万円〜2200万円」としていたものが,「一家の支柱 2800万円 母親・配偶者 2500万円 その他 2000万円〜2500万円」に改定されました。

 まず,「母親・配偶者」について,裁判例分析の結果,近時の裁判例の多くは,2400万円〜2500万円の水準にあったこと等から,基準の引き上げが行われています。

 また,「その他」には,「一家の支柱」と「母親・配偶者」を除いた,高齢者から若年の単身者,子供まで含まれますが,裁判例分析の結果,特に子供を中心とした若年の被害者については,裁判例の水準が2200万円〜2500万円の間にあったことから,基準の上の金額の引き上げが行われています。

2 傷害慰謝料基準の見直し

 (1)「赤い本」の傷害慰謝料基準は,別表Ⅰと別表Ⅱに分かれています。

 別表Ⅰの基準については,「(1)傷害慰謝料については,原則として入通院期間を基礎として別表Ⅰを使用する。通院が長期にわたる場合は,症状,治療内容,通院頻度をふまえ実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある。」に改定されました。

 従来の基準の第2文は,「通院が長期にわたり,かつ不規則である場合は実日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることがある。」としており,長期であれば当然に実通院日数の3.5倍による修正をするのではないという意味で不規則を付け加えていましたが,不規則というのはあまり意味がないことからこれを削除するとともに,傷害慰謝料基準の本論に立ち返り「症状,治療内容,通院頻度」を勘案する趣旨を明確化したものです。また,傷害慰謝料の算定は,通院期間によるのが原則であり,実日数による修正は例外であることを示すため,目安とすること「も」あるとの表現にしています。

 (2)次に,別表Ⅱの基準について,「(4)むち打ち症で他覚所見がない場合等(注)は入通院期間を基礎として別表Ⅱを使用する。通院が長期にわたる場合は,症状,治療内容,通院頻度をふまえ実通院日数の3倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある。(注)「等」は軽い打撲・軽い挫創(傷)の場合を意味する。」に改定されました。

 従来の基準の第2文は,「慰謝料算定のための通院期間は,その期間を限度として,実治療日数の3倍程度を目安とする。」としていましたが,裁判例分析の結果,通院期間が短期の場合には,別表Ⅱの基準よりかなり高い金額が認定されている傾向が認められたことから,別表Ⅰと同様に改定したものです。また,「むち打ち症で他覚所見のない場合」以外でも軽度の打撲・軽度の挫創(傷)については別表Ⅱが用いられているとの指摘をふまえ,「等」を付し,注意書きでそれらについても別表Ⅱを使用することを明確にしています。

 裁判例の動向分析や基準改定の経緯の詳細は,赤い本2015年版下巻「傷害慰謝料基準と判決の認定水準(中間報告)」,同2016年版下巻「裁判例における死亡・後遺障害慰謝料の認定水準」「慰謝料基準改定に関する慰謝料検討PT報告」として掲載されています。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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