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仮差押解放金

小林 弘卓

今回は,法律に関するコラムを書いてみました(弁護士の仕事もしているので)。

仮差押解放金を巡って,裁判官が非常識な判断をしたため,依頼者の権利回復に苦労したというお話です。

1 仮差押解放金というのは,仮差押えの執行の停止又は取消しを得るために債務者が供託すべき金銭のことです(民事保全法22条1項)。

債務者は,この金銭を供託することで,仮差押目的物に対する執行からの解放というメリットを享受することができるわけです。早い話,人質の交換みたいなものです。

2 この仮差押解放金の額がどのように定められるかについては,細かい議論はあるものの,裁判所の職権で額が定められ,実務上の運用も固まりつつあるとされています。

3 さて,当職らの依頼者である会社及びその代表取締役は,同一の事案に関して,それぞれが債務者として別々の仮差押の申立てを受けました。

そして,両請求は,一方が通常の民事債権であったために民事9部において審理され,他方は商事債権であったため民事8部によって審理され,結果として,各請求ごとに,仮差押解放金の金額が設定されてしまいました。

ですから,それぞれの裁判官が定めた仮差押解放金の額は,合計すると債権者の請求額のおよそ2倍に及びました。

4 依頼者は,仮差押の執行の取消しをする必要があったため,結局,請求額のおよそ2倍もの過剰な仮差押解放金を供託しなければなりませんでした。その後,本訴で,依頼者は敗訴し,当職らが控訴審を担当することになりました。

当職らは,控訴審に注力する一方,仮差押解放金が過剰であることから,この是正を求めて保全異議の申立てを行いました。

ところが,異議審は,「会社に対する請求権とその代表取締役に対する請求権は,訴訟物が異なり,その要件も異なる以上,理論上は異なる判断が下される可能性が否定できない」という極めて形式的な理屈により,是正を拒否したのです。

この異議審の判断を聞いたときには,昔女優の桃井かおりが出演して,すぐに放映打ち切りとなったCMのあのセリフを思い出しました。

そもそも,本件事案は,両債権の存否をめぐる審理において,争点は完全に共通しており,事実上,異なる結論が出ることなど常識的にはあり得ない事案でしたし,両債権は,同一の経済的利益の実現を目的とするものであり,一方の債権が弁済等により満足すれば,他方の債権もその限度で消滅する,いわゆる不真正連帯債務とよばれる関係にありましたので,債権者は,両請求について,両取りできるわけではなかったのです。

それにもかかわらず,異議審は,債権者が本案の訴訟において取得できる利益を大幅に超える額の仮差押解放金の額の設定を認可し,完全に両債権の関係性を看過した判断を下したのです。

当職らは,すぐに異議審の決定に対する不服申立をしたところ,さすがに抗告審では当職らの主張が完全に認められて,原決定は取り消され,仮差押解放金の過剰に定められた部分は依頼者に返還されることとなりました。

5 これでやっと依頼者の権利が実現されると喜んだのも束の間,またもや裁判所の非常識な対応に苦しめられることとなりました。

まず,当職らは,過剰な解放金を定めた民事8部から,過剰部分については供託原因が消滅したという「供託原因消滅証明書」を取得し,これらを法務局に提出しました。すると,法務局から「供託金取戻請求権に対しては,保全手続としての仮差押と,本案判決に基づく債権差押が競合しているため,民事21部(民事執行センター)から法務局への支払委託がなければ支払いできない」との回答がありました。

そこで,法務局に提出していた必要書類をすべて返還してもらい,改めて,民事21部に法務局への支払委託を出してもらうよう申出を行わなければなりませんでした。

ところが,当初民事21部では,民事執行法149条との抵触を持ち出し,支払委託はできない旨の回答をしてきたのです。

当職らは,同部に対し,民事執行法149条との抵触はなく,支払委託を出すべきであるという内容の上申書を提出したところ,裁判所から「もう一度考え直したい」との連絡があり,最終的には支払委託が出て,返還を受けることができたという顛末でした。

結局,今回依頼者は,10ヶ月近くも,徒に数千万円という大金を供託させられていたわけです。

6 映画「テッド2」で,モーガン・フリーマン演じる弁護士が,テッドの市民権を巡る訴訟の中で,法律において大事なのは常識であると言っていましたが,本当にその通りだと思います。

今回の件も,裁判所が常識をもって判断していれば,そもそも請求額の2倍もの仮差押解放金を供託させることのおかしさに気付き,直ちにこれを是正する判断ができたはずです。

今回の件を通して,私達も日々研鑽に努めて,常識を身につけていかなければならないと気持ちを新たにした次第です。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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