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注目の争点

小川 隆史

1 近時,注目される争点として,「金融機関による貸付に際し信用保証協会の保証がなされた後に,主債務者である借主が反社会的勢力に該当することが判明したときの保証契約の有効性」というものがあります。

2 信用保証協会は,信用保証協会法に基づき設立される公的機関であり,中小企業等の事業運営に必要な資金調達の円滑化を図ることを目的とする法人です。具体的には,中小企業等が銀行その他の金融機関から貸付等を受ける際にその貸付金等の債務を保証することを主たる業務としており,これによって中小企業等は事業資金の融資を受けやすくなります。信用保証協会は,金融機関との間で主たる債務を保証する保証契約を締結することによって,主債務者である借主がその債務を履行しないときに,金融機関に対してこれを履行する責任を負うこととなります。

 当然ながら,反社会的勢力は信用保証協会による信用保証を利用することができませんが,信用保証協会が,主債務者が反社会的勢力に該当することを知らずに金融機関と保証契約を締結した場合,保証契約の有効性が争われることがあります。そこでは,主に,信用保証協会の保証するとの意思表示には要素の錯誤があり,保証契約は無効となるのではないかが問題とされています(民法第95条本文『意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。』)。

3 この問題を注目される争点と述べました理由は,類似の事実関係の下,同様の点が争われたにもかかわらず,下級審判例の判断が分かれているからです。

 まず,その前提として,錯誤を肯定する立場,否定する立場のそれぞれの論拠を次に概観します。

4 錯誤を肯定する立場は,①反社会的勢力が信用保証協会の信用保証を利用することができず,反社会的勢力に対する融資が信用保証の対象とならないことは金融機関に広く認識されているし,②一般取引通念に照らして,信用保証協会において主債務者が反社会的勢力であることを知っていれば保証の意思表示をしなかったことは明らかであるとして,法律行為の要素の錯誤に該当するとします。また,当該錯誤が動機の錯誤であったとしても,主債務者が反社会的勢力でないという動機は,金融機関に対して表示されていたものというべきであるとします。

 そして,信用保証協会が,自ら直接主債務者を調査し,確認検討した上で保証をするのであるから,主債務者が反社会的勢力でないことが重要であったのであれば自ら特に詳細な調査を行うべき義務があるとして信用保証協会の重過失(民法第95条但し書『ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。』)を問題にする指摘に対しては,信用保証協会が調査をしていれば主債務者が反社会的勢力であることを容易に発見することができるとはいえず,特に,主債務者から融資の申込みを受けた金融機関が自ら主債務者について審査し,貸付を行うのが適当であると判断し,信用保証協会に対して信用保証制度に基づく保証を依頼したいわゆる経由保証である場合には,主債務者が反社会的勢力でないことについて審査,確認を行う第一次的責任は金融機関にあるというべきであるとします。

 一方,錯誤を否定する立場は,金融機関と信用保証協会との間では,保証契約の締結までに主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合には保証契約を締結しないことについては,信用保証協会が金融機関に対してこれを改めて表示するまでもなく当然の前提となっているといえるが,これは,主として,反社会的勢力の社会からの排除という公益的観点からの要請に応えたものであって,必ずしも,特定の債務についてその債務者に代わって債務を履行する責任を負うことを合意するという保証契約の本質的内容から導かれるものではないとします。

 また,いわゆる経由保証の問題についても,金融機関の審査にはその性質上限界があるから,経由保証の方法によるものであるからといって,金融機関が,信用保証協会に対して,主債務者が反社会的勢力でないことを表明していたということはできず,主債務者が反社会的勢力でないことが保証契約の前提となるとはいえないとします。

5 このように異なる立場の主張がなされる問題ですが,神戸地裁姫路支部平成24年6月29日判決は信用保証協会の錯誤を認め,その控訴審判決である大阪高裁平成25年3月22日判決も当該保証契約が錯誤により無効となるという判断は維持しました。

 また,東京地裁平成25年4月23日判決も錯誤を認めましたが,同じ東京地裁において一日違いで下された別事件の平成25年4月24日判決では錯誤が否定されました。そして,両事件は控訴されましたが,各控訴審判決は,結論としてそれぞれの原審(第一審東京地裁)の判断を維持しています(前者の控訴審判決は東京高裁平成25年10月31日判決,後者の控訴審判決は東京高裁平成26年3月12日判決。なお,その他にも,錯誤を肯定する判決,否定する判決があります。)。

6 なぜこのように判断が分かれるかといいますと,反社会的勢力の金融分野における関係遮断が争点の源でありながら,訴訟における結論がただちにそれを実現する関係にないことが挙げられると思われます。

 すなわち,錯誤が否定され保証契約が有効であるとしますと,信用保証協会が金融機関への保証債務の履行と反社会的勢力からの回収のリスクを負担し,一方,錯誤が肯定され保証契約が無効であるとしますと,金融機関は保証債務の履行は受けられずあくまでも自ら反社会的勢力からの回収を実現するリスクを負担することとなりますが,いずれの場合であっても一旦実行された反社会的勢力への貸付の回収がその時点ではすでに困難であることは想像に難くありません(そして,前者の場合は公的資金を原資とする信用保証協会による負担の適否が,後者の場合は諸々のコストの貸付金利等への反映による,中小企業等の金融の円滑化という目的の阻害が問題となり得ます。)。

 そのため,錯誤論の次元だけで捉えるべきではなく,反社会的勢力の金融分野からの排除の要請にどのように対応していくべきかという議論が不可分であるはずであるとの指摘もなされています。松江地裁平成26年2月3日判決は,金融機関と信用保証協会が当該保証に付与した共通の意味が,信用保証が錯誤無効となることから生ずるリスクを金融機関に転嫁することまでを含意していたか検討するという判断手法をとった上で,結論として錯誤無効の主張を退けていますが,上記の問題意識の現れであるとみることも可能であるように思われます。

7  以上の次第で,この争点については,上記の説の対立にとどまらない今後の展開が予想されることもあり,法理論の問題と実務上の要請の両者につきどのようにバランスをとって説得的で妥当な結論を導くべきなのかという観点から,大変興味深く感じているところです。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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