弁護士コラムバックナンバー

判例輪読会

石田 英治

 司法修習同期の友人8名と毎月1回、判例時報(新しい判例を紹介する旬刊の法律雑誌)を輪読する勉強会をしています。弁護士登録をした年に始めましたので、約20年続けていることになります。長続きの主な要因は、気の置けない友人同士の集まりであり、気楽に議論ができること(弁護士は議論好きの人が多いです)、皆、各分野の専門家になり、内輪で興味深い話を聞くことができること、そして、勉強会の後の飲み会が楽しいことだと思っています。

 判例時報を読んでいる弁護士は多いと言われています。弁護士業務を行う上で新しい判例の知識は必須です。どんなに地頭力が良くても、判例を知らないだけで誤った対応をしてしまうことがあります。判例の内容は様々ですが、法律を追認するだけではなく、法律には書いていないものや、法律の文言とは必ずしも一致しないもの、極端な例では、法律を空文化してしまうようなものもあります。また、判例が変更されてしまい、従前とはルールが変わってしまうこともあります。私も過去に訴訟対応をしていて、新しい判例を知らない弁護士に出会うことが何度かありました。ある訴訟では、相手方弁護士は、おそらく自信があったのだと思いますが、判例変更前の古い判例を振りかざして、誇らしげに自説を主張していることがありました。「この人は新しい判例を知らないのだな。」と思って、次の口頭弁論期日で新しい判例を引用した準備書面を出したところ、流れが完全にこちらに向いてきました。遺産分割を巡る訴訟であり、数億円の不動産の取り合いの訴訟でしたが、結局、こちらが勝訴的和解を得ることができました。私の依頼者は大喜びでしたが、相手の代理人は依頼者にどう説明をしていたのか少し気になりました。古い判例によれば、相手方が完全に勝訴します。当初の相手方はとても強気な姿勢であり、代理人は古い判例を前提に依頼者には楽観的な説明をしていた可能性があるように思いました。しかし、結果は全く逆でした。具体的な内容は、なかなか伝えにくいのですが、今でも鮮明に記憶に残っている出来事です。

 今日も判例輪読会の予習のため判例時報を読みました。報道でも話題になりましたが、産院での新生児の取り違いの事案が掲載されていました。50年以上経ってから、産院を訴えた事例ですが、普通に考えれば消滅時効で争う余地はないと思うケースです。しかし、裁判所は被害者を救済しました。判例時報の解説でも事案が特殊であることが強調されていましたが、このような判例を知らなければ法律相談を受けても、「残念ですが、民法では権利の消滅時効は最長20年です。」と言って、それ以上は検討することもなく、思考が停止してしまうかもしれません。

 新しい知識の吸収は苦痛でもありますが、楽しくもあります。一線で活躍できるよう日々精進すべきは弁護士業務に限ったことではありませんが、現役でいる間は、充実した仕事ができるよう努力したいと思います。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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