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AIJ投資顧問事件と信託銀行の受託者責任

藤原 宏高

1.AIJ投資顧問事件の実質的な被害者は全国の中小零細事業者と加入員等

 本年2月に金融庁の証券取引等監視委員会が行った検査によって,多数の厚生年金基金がAIJ投資顧問株式会社(以下「AIJ投資顧問」という)に運用委託していた年金資産の大半が喪失していたことが発覚した。

 その後,証券取引等監視委員会の調査や東京地検特捜部及び警視庁の捜査によって,AIJ投資顧問事件は,AIJ投資顧問の浅川和彦社長をはじめとする関係者による大規模な金融詐欺容疑の事件であることが判明するに至っている。

 本件の直接の被害者は多数の厚生年金基金であるが,厚生年金基金が運用する年金資産が喪失したことによる実質的な被害者は,主に全国の中小零細事業者や基金の加入員等である。

 すなわち,今回の事件で,事業者は掛け金負担の増加に苦しみ,加入員等は受給する年金額の減少に苦しむこととなってしまったのである。

2.AIJ投資顧問による海外私募投信を用いた企業年金運用スキームの特徴

 それでは,今回のAIJ投資顧問による運用スキームはどのようなものであったのか。

 まず,基本的な契約関係としては,厚生年金基金が,AIJ投資顧問と投資一任契約,信託銀行と年金特定金銭信託契約(以下「年金特金契約」という)を締結し,AIJ投資顧問が年金資産の「運用」を,信託銀行が年金資産の「管理」を行うものになっていた。

そして,本件は,以下のようなリスクをはらんだ運用スキームであったのではないか。

(1) 信託銀行は,私募投信の受託会社又は事務代行会社に対して,直接ファンドの購入資金を送金せず(直接送金するスキームは現地決済方式と呼ばれ,ほとんどの海外私募投信の場合,この方式が採用されている),海外私募投信の国内販売会社である証券会社にファンドの買付の委託を行うと共に,受益証券の保管の委託も行っていたこと(いわゆる保護預り証方式),

(2) (1)の方式に加え,信託銀行は,ファンドの基準価格をファンド受託銀行又は事務代行会社から取得せず,国内販売会社から取得していたこと,

(3) 国内販売会社が,AIJ投資顧問が実質的に支配すると思われる証券会社であったこと

など,一般の投資スキームと比較すると,海外私募投信そのものが有する不透明性等の危険性に加え,保護預り証方式であり,国内販売会社が投資顧問会社が実質的に支配する会社と思われるなどの特徴がある。

 すなわち,信託銀行は当該ファンドを直接,受託銀行側から購入せず,投資顧問会社が実質的に支配すると思われる当該ファンドの国内販売会社に当該ファンドの買付を委託して買付資金を振り込むとともに,国内販売会社に対して,受益証券の保管を委託するという,間接的な資産管理の方法を取っていたのである。

 そして,このようなスキームが,AIJ投資顧問は,年金資産の運用の失敗を隠すために国内販売会社を通じて信託銀行に対して虚偽の時価情報を提供し,さらに,ある時期以降は,当該ファンドのファンド受託銀行側に,資金の送金すらしないで,自転車操業を行うという,大規模な投資被害を生む原因となっていったのではないか。

 そうであるとすると,当該ファンドは,投資の失敗を隠ぺいし,さらにいえば,金融詐欺すらも行えるようなリスクの高いスキームになっていたと言わざるを得ない。

 そして,信託銀行は,当該ファンドの販売説明書等から,当該ファンドの特徴については当初から知っており,かつ,ファンドの「残高証明」という業務を受託していたにもかかわらず,漫然と虚偽のファンド基準価格を国内販売会社から受領し,厚生年金基金に対し,虚偽の残高証明を発行し続けたのである。

3.信託業法の改正と信託銀行の受託者責任

 他方,信託銀行が,年金資産の運用自由化の中でどのような責任を負っていたのかを検討すると次のとおりである。

 ガイドラインのレベルで見ると,「厚生年金基金の資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドライン」が制定され(平成9年4月2日厚生省年金局長通達),厚生年金基金の受託者責任も明確化されていった。また,厚生年金基金連合会(現・企業年金連合会)に設けられた受託者責任研究会は,平成12年に「厚生年金基金 受託者責任ハンドブック(運用機関編)」を刊行し,各厚生年金基金の資産管理機関としての責務を明記している。

 その後,平成16年12月30日施行された信託業法の改正により,信託会社の受託者責任(善管注意義務,忠実義務,分別管理義務)が明記されたが,衆議院財務金融委員会では,信託銀行について,適切な業務執行がなされるように努めることなどの附帯決議が行われている(平成16年11月12日)

 このように,投資顧問会社が,保護預り証方式による海外私募投信スキームなどの運用リスクの高いスキームを使ったとしても,信託業法の改正などにあらわれているとおり信託会社が年金資産の管理を担うという制度設計がなされ,年金資産の管理は,主に信託銀行が担うことで,そのリスクを回避することが期待されていたものである。

4.当該ファンドの特異性と信託銀行の受託者責任

 そして,当該ファンドは,すでに指摘したように,一般の投資スキームと比較しても顕著な特徴を有しており,かかるスキームで運用することを前提として各厚生年金基金と年金特金契約を締結した信託銀行の受託者責任(善管注意義務)の具体的な内容は,最終的には裁判所の判断によって明らかになるものと思料するが,信託銀行には,相当程度の注意で受託された資産を適切に管理する義務があったものと考えられるにも関わらず,信託銀行はその義務を適切に履行していなかったものと思われる。

 すなわち,今回の事件では,信託銀行は受託者として,年金資産がファンド受託銀行側に送金されていることを確認する義務があったにも関わらず,その義務を怠り,漫然と国内販売会社の虚偽の報告を放置したものである。

 また,信託銀行は,受託者として信託財産の運用先であるファンドの正確な時価を調査しその実在性を確認する義務があったにもかかわらず,その義務を怠り,国内販売会社の虚偽の残高報告をなんらの調査もせず,漫然と虚偽の残高を各厚生年金基金に報告し続けたのである。

 そして,これらの義務を履行は,いずれも履行が容易なものであって,これらの義務を信託銀行が履行していれば,AIJ投資顧問及び国内販売会社による金融被害は早々に発覚し,以後の被害の発生は防げたものと考える。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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