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取調の可視化

中川 武隆

1 前法務大臣の江田さんの時代に、取調の可視化問題に一定の前進が見られた。引き続き、審議会で、議論が進められているようである。

 裁判員裁判が導入されるときにも、自白の任意性の判断資料として、取調の録画録音が検討課題となったが、留保された経緯がある。

2 従来、自白の任意性が争われるとき、被告人の言い分と、取調官側の言い分とが、対立し、その信用性判断に苦慮することが見られた。そのため、留置施設の出入りの時間などから、取調時間を客観的に確定するなどして、取調のいわば外枠を検討することなどが、行われた。しかし、取調の方法自体について、争いがあるときは、直接、取調状況を録画したものを検討したいと考えるのは、裁判官にとっても、自然な発想といえよう。

 現に、先日の某代議士の秘書の公判においては、秘書が検察官の取調の際に、秘密録音したテープが、自白の任意性判断の資料として重要な役割を果たしたと報ぜられている。

3 可視化の理念としては、例えば、イギリスの場合、刑事司法におけるfairness(公正さ)という概念が強調される。ここでは、検察官(さらには警察官)と被告人との間の公正さであり、その公正さのバランスから、取調の可視化が要請されると考えられているようである。

4 それでは、取調の可視化を直ちに導入すべきであるか。その前に、可視化を導入したら、どのような結果が生まれるかということは、考えておく必要がある。

5 ここでは、二つの点を取り上げたい。

6 第1は、取調の在り方である。

 これまでの我が国の取調の在り方は、被疑者に粘り強く説得をし、自白を得るというスタイルが支配的であったように認められる。そのために、取調が長時間にわたり、弁護人からは、無理な取調がなされたと主張されることもあった。

 全面的録画ということになれば、そのような取調のスタイルを根本的に、変える必要がある。まずは、長時間にわたる取調は困難になるであろう。取調の方法も、多方面からの説得を尽くすというよりは、被疑者に対し、その供述の、客観的事実関係との矛盾や不自然さなどを質問し、その答えを録画していくということになっていくのではないか。その信用性については、裁判員や裁判官が法廷で判断していくことになる。

7 第2は、可視化により、自白を得るのが困難になるという主張についてである。

 この点は、可視化反対論の根拠の一つになってきた。しかし、だからといって、無理な取調によって、自白を獲得することが相当でないことも、いうまでもない。

 これに関しては、司法制度全体をみる必要がある。

 アメリカは、陪審制の国として有名である。映画の中でも、法廷のシーンでは、陪審が出てきて興味深い。ところで、陪審が行われる事件は、どの程度の割合か。統計が示すところによれば、全刑事事件の約4%とのことである。簡略化して言えば、残りの事件は、裁判所で有罪であるとの答弁をして、刑が宣告される。司法取引がされることもあり、当然のことながら、有罪の答弁をすれば、陪審を経るよりも、軽い刑が宣告されることになる。量刑ガイドラインの上で、有罪を認めた場合は、減軽要素と規定されている。2,3割軽減されるとの報告がある。すなわち、無罪答弁をして陪審の審理を受ける者との間に、量刑格差を設け、罪を犯した者が自白をするインセンティブが制度として組み込まれているといえる。

 我が国の場合はどうか。重大な罪を犯して自白をする者は、心から反省をして自白をすると思われるが、黙示的には、寛大な刑に処してもらいたいとの気持ちも含まれていることが多いであろう。つまりは、明示的な司法取引ではないが、黙示的に司法取引の申し込みをしているとも評価される。多くの場合は、反省の情を斟酌された刑が言い渡されるであろうが、被告人にとり、そうなる保障はない。最近の刑の厳罰化傾向から、自白していても、それが余り考慮されないことも起こりうる。それはそれなりに理由のあることとは思われるが、自白するインセンティブが次第に失われていくことになる。自白した者がそれなりに報われる制度設計が必要と思われる。

 司法取引が日本に適合するかの議論はあるところであるが、自白して反省の情を示せば、どの程度、刑が減軽されるか、数値化した基準を予め示すことが必要ではなかろうか。そのためには、アメリカなどで行われている量刑ガイドラインの制度(さらには、司法取引の制度)の採用を検討していく必要があるように思われる。

 ちなみに、我が国では、裁判員裁判で、量刑判断にあたり、量刑検索資料が用いられているとのことである。過去の裁判の量刑の動向を見ようというものである。しかし、それは、あくまでも、過去のものにすぎない。量刑に関しては、過去の先例に影響されるべきというより(被告人間の公平の見地からは意味があろうが)、量刑要素を設定し、各要素ごとに数値化したガイドラインを設けていく方向性が、あるべき姿であると思われる。この方が、裁判員にもなじみやすいと思われる。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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